相談事例

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司法書士の行なう31条業務とは ~認知症でない高齢者の方のために~

2021.1 櫻井惠子

最近は、39年前、私が司法書士になったときには考えられないような業務をさせて頂いております。31条業務(当事者からの依頼による財産管理業務等)と呼んでいますが、これまでの登記や裁判事務等の範囲にとどまらず生活の中で必要とされるあらゆる場面の法律関係とそれを実現していくための業務で、当事者との強い信頼関係と人間力が求められる業務であると思います。以下は、私が携わった31条業務の一例です。

昨年夏、ある地域包括支援センターの古川さんから、A病院の地域包括ケア病棟に入院されている華子さん(87歳)に会って欲しいという相談がありました。華子さんは5か月前に一人暮らしの自宅のマンションで倒れ、新聞がたまっていることに気付いたお隣さんの通報により発見されB病院に運ばれましたが、その後リハビリのためA病院へ転院してきたという経緯があります。おそらく倒れて3日くらい経っていたのではとのことでした。 

今、弊法人が支援させて頂いている方の中には同様の方が3人おられます。倒れた原因、発見されるまでにかかった時間、それまでの健康状態により症状は様々ですが、体を動かさない状態が長く続くと、多かれ少なかれ廃用性症候群(身体の不活動によって引き起こされる二次的な障害で、筋肉や骨・関節などの運動器、循環・呼吸器、自律神経など心身におこる諸症状の総称です)が生じています。素人ながらの感想ですが、回復にはリハビリに対する本人の気持ちが、大きく係わっているように思います。エレベーターのない3階の自宅に何としても帰りたい、お箸をもって自分で食べられるようになりたい、いつも通っている喫茶店で美味しいコーヒーを飲みたいから一人で歩けるようになりたい等、意識はしていなくても生きようとする強い力がリハビリの原動力となり、しんどくても痛くても頑張れるのだと思います。反対に、早くお迎えが来て欲しいと願っている人にはリハビリをしようという意欲は生まれません。華子さんは後者でした。

華子さんは歩けない状態(倒れる前は一人で買い物も行かれていました)でしたが、意思はしっかりされており、お話もできました。華子さんの私への依頼は、財産管理(治療費の支払い、自宅の管理費・光熱費・固定資産税等の支払い)と自分が亡くなった後のことをきちんとしておきたいということでした。華子さんはご自分の過去のことは何も話されず、唯一の願いは大好きな主治医と親身になってくれる相談員や看護師のいるA病院で最後を看取ってもらいたいということで、退院を回避するためにリハビリを拒否し、ハンガーストライキまでされていました。しかし、最近の病院はご存知のように長くは入院できません。A病院からの私への依頼は症状が安定してきた華子さんの退院後の行き先を探して欲しいということでした。

何度か華子さんとお会いし、信頼して頂けるようになりました。病院の話では、寝ていることが多い華子さんですが、車椅子への移乗も自分でできますし、リハビリをすれば車椅子で生活することは可能とのことでした。華子さんは入院費用等の支払いのため定期預金を解約する必要がありましたが、銀行手続きは本人に判断能力がある場合には本人が行うのが原則です。判断能力がなくなれば、後見制度により後見人が本人の代わりに手続きを行うことができますが、華子さんのように頭がしっかりしている人は後見制度を利用できません。そこで、入院費用等の滞納は絶対に嫌だと思っている華子さんに、銀行へ行くことを目的にリハビリをしてもらいました。予め時間がかからないように銀行に用意をお願いしてはいましたが、介護タクシーで二つの銀行へ行き、口座の解約、振込、定期預金の解約、代理人届等多くの手続きが無事にできました。華子さんは病院での弱々しさと打って変わって気丈に振る舞われ、さらに、自宅にも行けそうということになり、自宅で重要書類、お金、貴金属等をお預かりすることができました。半年近く締め切っていた家でしたから、ドアを開けた途端ゴキブリ数匹とご対面となり私がキャーキャー叫ぶと、華子さんはデーンと構えてゴキブリジェットを指差されました。この外出で、華子さんは少し自信がついたように見えました。ご自宅にはご主人と娘さんお二人の遺影がありました。

その次には、遺言書、任意後見契約、財産管理等委任契約、死後事務委任契約、尊厳死宣言公正証書の作成をリハビリの目的にしました。公証人にA病院に出張して頂きそれも無事に終わり、ようやく華子さんは退院しなければならないことも理解され、施設探しと、自宅の売却の委任を受けました。ご自宅は亡くなられたご主人の名義のままになっていましたので、売却の前に相続登記が必要でした。相続登記のための戸籍を集める中で、複雑な家族関係と二人のお子様に先立たれたという華子さんの悲しい歴史も知ることになりました。ご自宅の処分のため家財の整理をしましたが、お子様のお写真や記念品が引出し一杯に詰まっていました。お仏壇のお性根抜きもお願いしました。

病院の相談員さんと相談しながら、老人保健施設2つ、有料老人ホーム4つを見学し、華子さんにふさわしい施設を決め、退院の日が決まりました。それまでに、美容院に行き写真を取って身体障害者手帳を作成しました。そして、最後に華子さんは大好きなA病院に古くなったお風呂の修理でもして下さいと大金を寄付されました。その手続きを華子さんに依頼された時、私は少し躊躇しましたが、早く早くとせかされ、受領証を受け取られると華子さんは心底安堵されていました。

 ところが、退院の前日華子さんの体調が急変し、あっけなく帰らぬ人となってしまいました。二日後に華子さんと結んだ死後事務委任契約に基づき、華子さんが会員となっていた葬儀場でお葬儀を行いました。お寺さんのこと、通夜は不要で家族葬をすること、親族のご連絡先、費用のこと、永代供養のこと、細々と指示を受けていたので助かりました。最後はご家族ご一緒でと思い、華子さんのご自宅に伺い、ご主人とお嬢さんたちの遺影と沢山の写真、記念品を祭壇の周りに飾り、最後に棺に納めました。幸い、ご親族5人とマンションのお友達5人が参列してくださり暖かいお葬儀でした。

二カ月後、ご自宅も売却でき、遺言書の通り華子さんの財産を恵まれない子供の施設へ遺贈しました。華子さんとは3か月間の短いお付き合いでしたが、ここには書ききれない多くのことがあり、一人の凛とした女性の生き方を教えて頂きました。

(登場される方のお名前は仮名です。いくつかの事例を組み合わせています。)

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